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東京地方裁判所 昭和36年(刑わ)2113号 決定 1965年2月18日

主文

検察官申請の別紙≪省略≫記載の各写真は同記載の各実事に関し証拠として採用する。

理由

(一)  検察官申請の本件犯行ないしこれと関連する前後の状況に関すると主張する各写真の証拠能力をめぐり第八回公判期日において検察官は写真は証拠物ないしこれに準ずるものであつていわゆる伝聞法則は適用されるものでない旨を主張し、弁護人はこれに反対して写真は撮影の角度などにより真実とは異つた印象を与えることがありうるから撮影者に対する反対尋問をすることが必要であり、伝聞法則の適用のもとに立つべきものであるとの意見を述べた。

(二)  当裁判所は本件各写真の証拠能力については次のとおりに解すべきものと考える。

(1)  そもそも写真の撮影、現像、焼付など写真の作成過程には人が関与するのであるからそこに作為の施される可能性は絶無とは言えないであろう。しかし証拠について作為の或は施される可能性は写真であると否とを問わず存在しよう。もし証拠について本来あるがままの姿が歪められたとする疑いが生じたときはその証拠が立証趣旨に添つて立証者の意図した証明力を持ち得ない虞が生じたということになるだけである。

(2)  元来写真は光学的化学的原理を応用して外界(被写体)に対する瞬時の映像を把えこれを化学的処理によつて可視的に再現保存した映像であつて、その映像の被写外界に対するあるがままなる視覚的把握性すなわち被写外界に対する忠実性および映像保存の確実性は既に遍く承認されている。かくして作成された写真の映像そのものはカメラの操作、現像、焼付に当つた人の影響力から独立して把えられたものとして存在する。このことから証拠法上写真を同一対象を現認した人の供述と同一に評価することは許されないとする結論が生ずる。なぜなら写真の作成過程は人の供述の生成過程が知覚、記憶、構成、叙述から成立つているのとは異なり、人の関与は機械的な操作に過ぎないのであつて上述のようにその決定的主要部分は光学的化学的原理による機械的科学的過程であるからである。従つて写真作成者に対し写真の作成過程について反対尋問をすることに人の供述の正確性を反対尋問によつて検討するほどの意味価値を認め難い。写真の作成過程上写真の或は蒙つたかも知れない作為の介入による歪みないし天候、カメラの種類性能、撮影角度、露出などによつて蒙る表現力(映像再現内容)の限界は専ら作成された写真の証明力の問題として配慮を怠らないことを要するのみである。かくして写真を伝聞法則の適用の下に置かれる供述証拠ないしこれに準ずるものと解するのは妥当でなく、非供述証拠として見るべきであるという結論に達する。

(3)  以上を要するに写真は、もとより天候、撮影角度、距離、カメラの種類性能その他の条件の下に撮影、現像、焼付の過程を経て作成されるのではあるが、それ以外には人の認識力、記憶力、構成力叙述力など人の供述について見られるような影響を蒙ることなく、専ら光学的、化学的原理による過程を経て作成されるものであつて、もしもその作成過程において人的影響が万一にも存在した場合には証明力の評価において考慮すれば足り、写真そのものは科学的・機械的証拠として非供述証拠であるというに帰する。従つてそれは伝聞法則の適用を受けることがないとしなければならない。

(三)  ところで刑事訴訟規則第一九二条により当裁判所が検察官申請の本件各写真の体裁を見ると、それら各写真はいずれも台紙に貼付されており、その台紙に撮影者の官職、氏名、印を具え、撮影日時場所、カメラの種類、フイルムの種類についての記載がなされている。およそ写真について撮影者、撮影日時場所、カメラ、フイルム、天候、露出など写真の作成過程に関するデータの記載は、写真が、前述のような特殊性を持つ科学的・機械的証拠である関係上その作成に必然的に伴う条件を示すに止まり、写真の持つ表現内容ないし表現力になんら増減変更を加えているものではない(その日時、場所が検察官主張の犯罪行為の日時場所であつても、それは撮影の日時場所が、たまたまそれと一致するというに過ぎない)。従つて本件各写真についての如く、写真そのものの表現内容ないし表現力について立入つた記述を加えることなく、右に述べた作成データの限度を出でない記載の存在はそれら各写真について立証事実との関連性を一応明らかにする程度の効果があるに止まり、非供述証拠たる本件各写真を供述証拠化する程のものではない。

(四)  よつて説明した趣旨において別紙≪省略≫記載の本件各写真はそれに付随した各記載(その記載の証明力は右に述べた関連性を一応明らかにするに止まる)の存在するがままに検察官申請の立証趣旨に対する証拠としてすべてこれを採用する。(裁判長裁判官安村和雄 裁判官岡垣勲 杉山英已)

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